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    馬が現れた。

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      「どうも馬です」

       馬だった。

       私は困惑していた。インターホンが鳴ってろくに外も確認せずに開けた扉の先にいたのは見まごうことなく馬。しかもスーツで二足歩行であった。

      「あ、びっくりしました?ごめんなさいね。馬で」

      眉を潜めるような仕草でおっしゃる通り、私はビックリして口をパクパクさせたまま立ちつくしていた。

      「ああ〜…えーと、今時間大丈夫でした?」

      「あ、はい。大丈夫?ですけど」

      「それはよかったー。いやー不躾で悪いんですけど中入れて貰っちゃっていいですかねぇ。見られると騒ぎになっちゃうんで」

       確かに。玄関口で馬が立っていたらそりゃ近所も騒ぎ出すだろう。などとあまりのことに頭の回転が追いつかなかった私はついつい馬を室内に入れてしまったのがはじまりだった。

      「部屋キレイにしてるねぇ。女子大生?」

      「ええ、まあ」

       馬にしては小柄といってもまあ人間と対象すれば相当な大柄なわけだが、そんな馬は座布団に尻から座り足を伸ばしてリビングに座っていた。なんなんだこの光景は。

      「あ、このガム貰っていいですか?好きなんだよねブルーベリー」

      「はあ、どうぞ」

      「ああ、そんなに緊張しないでリラックスして」

       まるで我が家の様な見事なくつろぎっぷりである。馬というのはデリケートな生き物と聞いていたが、まあ、そもそも二足歩行で歩いたりしゃべったり蹄で器用に銀紙をはいでガムを噛んだりするというのも聞いたことはないがとにかく堂々たるたたずまいである。

       そして、テレビも勝手に見始めたわけだがこのままではあまりに発展性がなさ過ぎる。何か状況を打破しなければ。

      「あの…」

      「ぶはははは!いやー僕ダウンタウンもの凄い好きなんですわ!あ、すいません。何か見たい番組ありましたか?」

      「あ、いえ、私も好きなんで」

      「よかったじゃあ一緒に見ましょう」

      「え、あの、はい」

       結局まるまるごっつええ感じを始終笑ったりつっこんだり軽く論議したり馬としてからほのぼのとお茶をひとりと一頭で啜っていた。

       ってちがーーーう!何をこんなにこってり落ち着いてるんだ私は!聞かなければならないことは山ほどあるだろう。

      「あ、そういえば馬さん」

       と呼びかけると驚いた様にこちらに顔を向けぺこりと会釈する。

      「あー、すいませんすいません。馬さんて。まだ名乗ってもいませんでしたね!」

       や、別にそこは特に気にしてなかったのだが。

      「ああ、はい、そういえばこちらもまだでしたね。私は花井織恵って言います」

      「僕オグリキャップって言います」

       オグ…

      「えええ!?」

      「ウソです」

       馬に馬鹿にされた。馬だけに。

      「いい反応ですよ。だいたいオグリさん芦毛だし。僕、栗毛だし。ぶははは」

      「ですよねー。あははは」

       名前以外馬のことなど知るか。それより私にはしなければならないことがあるんだ。思いきって言お
      うとした矢先、めったに鳴らない部屋電話が鳴った。まあ、部屋電話が鳴るときなんて相手は決まっているのだが間が悪い。

      『おう、織恵。元気か』

       案の定、父である。

      「元気よ。どうしたの」

      『今朝も電話してたんだけどつながらなかったから心配したぞ』

      「朝は学校だよ。それよりなに、今、人…?来てるんだけど」

       横目で目が合ってしまった。

      『なんだお前、こんな時間に。男か』

      「…さぁ…あ、いや、違うよ」

      「一応雄ですが」

       それも別に知りたい情報じゃない。というか電話の話が聞こえるのかさすが動物。

      『なんだ、なんだ怪しいなぁ。お父さんはどこの馬の骨ともつかない男は許さないぞ』

       骨どころか肉までキッチリついてますが。と、言いかけて言葉を飲み込む。

      「だから違うってば」

      「骨ではないですね」

       そうですね。

      『別に用はないんだ。最近ニュースで不審者が多いって言ってるからお前も気を付けるんだぞ』

      「ええ話やなぁ…」

       馬泣いてるし、関西弁だし。 不審者?をあげてしまっているし。

      「とにかく、大丈夫よ。心配しないで」

      『男が出来たらちゃんと紹介するんだぞ』

      「はいはい。わかりましたよ。またね」

       受話器を置いてため息ひとつ。

      「いいお父様ですね」

      「どこにでもいる普通の人だよ」

      「僕、実は父を見たことがないんです…」

       何か急にしんみりした話になってしまった。

      「あの、ごめ…」

      「毎年弟妹はごまんと出来るんですけどね。あ、アグネスタキオンって知ってます」

      「知らないよ」

       わりと馬の世界ではよくある話の様だった。

      「ああ、競馬に興味ない。失礼しました」

      「あのー、競走馬なんですか」

       はじめてこちらから質問したものの当初の質問するべき項目からかなりはずれた。まあジャブは大事だろう。

      「まー。そのつもりで種付けはしたんだと思いますけどね、あ!女性の前で種付けなんてぶはははは、これはこれは失礼ぶははは!」

       笑うポイントも意味もよくわからない!

      「そんなことより今日は遅いので泊まってもいいですグー」

      「よくないですってもう寝てるー!」

       幸いベットは空いたままだったが、その夜おそるおそる私は寝るに寝られず寝返りを幾度かうったが結局気が付けば眠りに落ちていた。

       目が覚めると馬はいなかった。よもや夢だったのではないや夢に違いない。夢ならばそれはそれで楽しい夢だった、と期待したその時、玄関がズガンと開いた。そして馬が立っていた。

       早く覚めて。。

      「おはようございます!いやぁ、朝は走らないと調子でなくってね!」

       しかも昨日よりテンション上がってる。なんてこった。

      「シャワー借りますね!」

      「…どうぞ」

      「あ!」

      「なに?」

      「覗かないでくださいね」

       この馬野郎。そして室内に響くシャワーの音。ああ、私は何をしてるんだろう。そして朝食は野菜サラダでいいんだろうか。

      「あの、なんでウチに居座ってるんですか」

       やっとだった。一晩かけて野菜サラダに顔からつっこんだ隙にやっとこの疑問をぶつけることが出来た。レタスをくわえたまま、あきらかにしまった。という顔になる馬。

      「色々と話せば長い事情がありまして…」

      「今日、二限からなのであと一時間近く余裕があるのでどうぞ」

       質問を濁そうとする馬に釘を差すモシャモシャとサラダを食べながらしばらく沈黙する。
      私は今度は怯まずじっと見つめる。そして馬はサラダをグッと飲み下し、そっと目を背ける。

      「…なんとなく」

       小さい声で言った。とんでもないことを今言った。

      「なに?もう一回。なんて言った」

      「……なんとなく」

      「ほーう、じゃあ馬。キミはなんだね。なんとなくふらりと私の家のチャイムを鳴らし、なんとなくテレビを見て、なんとなく勝手に寝て、なんとなくシャワーを浴びて、なんとなく今朝食を食べているわけかね」

      「うん」

       うんじゃねえ。

      「なんで?なんで私の家なの?どうしてなの?」

       馬は答えない、しかし答えはつけっぱなしにしていたテレビのワイドショーから返ってきた。

      『千葉県某市におきまして、馬が来たという通報が相次ぎ、警察側は…』

      「何軒か回ったけど断られたのね」

       さめざめと泣きながらこくこくと頷きモシャモシャサラダを食う馬。この畜生め。

      「とにかく、ひとり暮らしの女子大生に馬を飼うような財力はありません。出てってください」

       今度はどぱーと泣きながらモシャモシャサラダを食う馬。な、泣いたってダメなんだから!強い目で睨んでやると、馬は野菜サラダをしっかり食ってから陰鬱とした表情で立ち上がりトボトボと玄関に向かった矢先のことだった。

      「あ!痛い痛い痛い!」

       馬がいきなり右足を抱えて座り込んでしまった。

      「なに、なにどうしたの?」

      「ソエ、ソエが、略さないと管骨骨膜炎もしくは第三中手骨膜炎が凄く痛い!」

       わかりやすいように色々言っているもの事態がさっぱりわからない!

      「とにかく足が痛いのね?」

      「おおよそそういうことです!あいたたた」

       ああああ、もう!

      「わかった、わかったから。私講義始まるから行くけど足が痛くなくなるまでいていいから、でも治ったら出てってよね」

       言ったとたん目がそりゃあもうキラキラし、と同時に悪寒が走る。女の勘が言わなきゃ良かったと泣き叫んでいるような気がした。


       本日の最終コマ。3限の刑法が終わりため息をひとつふたつみっつ。

      「どうしたー織恵。さては男の悩みか。白馬の王子でもまたおっかけているのか?」

       後から声をかけてきたのは万年頭の中が春の悪友、香奈子だった。それにしても白馬の王子ネタは中学生のときに語った話である。当時ですら爆笑をとったのだから今のキャンパスライフまっただ中でそのなじりはやめていただきたい。

      「そうならまだいいんだけどねぇ」

      「なーに、どうしたの。麗しの織恵ちゃん」

       とよくわからないが手を差し出される。どこの三枚目王子様だろう。

      「今日のさぁ、刑法の今坂が言ってることが全然わかんなくって。どーしよ。必修なのに」

      「なるほど、なにどこがわからなかったの?未失の故意とか?」

      「ああ、そのへんもわかんないねぇ」

      「なになに、どのへん。図書館でおねーさんが説明しちゃうぞ。セクシー先生の個人授業だぞ」
       無闇な投げキッス。行き交う人々の視線が痛い。

      「いやぁ、なんていうか。どこがわかんないかよくわかんなくなっちゃってさぁ」

      「なんだぁ、高校生の数学みたいなこと言い出して、もう留年する気まんまんかね、この負け犬くん」

      「まだ、まだ負けてない!」

      「犬じゃない!」

       確かに馬だけれども。

       あれ?

       そう私の隣には馬が立っていた。不動たる二足で。そしてスーツで。一方、香奈子は目を白黒させて小さな声で「馬、馬?」と呟いている。やばい、ここここれはどう乗り切ったらいいものか。

      「ち、違うの。違うんだって」

       何も考えてなかったが咄嗟に出たひと言はそんなんだった。そりゃ浮気がバレた男も咄嗟に使うわと悠長なことを自分で思う。

      「なに?なにが違うの?」

       なんだろう。

       どうするどうする、どうしたらいい?私の頭は爆発寸前で、気づいたら馬にまたがり声高らかに宣言していた。

      「わ、私が白馬の王子よ!」

       なんだ、私はなにをやっているんだ。そんな私を愕然とした表情で見上げた香奈子は叫んだ。

      「は、白馬じゃなーい!」

       つっこみどころはそこかよと思ったのはそのさらに十数秒後のことだった。

      続く…のかな?

      天寺英太郎 * 短編テキスト * 04:04 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

      ロストバージン

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        お受験というやつを経て、私はわりと有名私立、聖天女学園に小・中・高・大と通い続けてきた。
        自分で言うのもなんだかそんなに容姿はわりと良いほうだと思う。とはいっても清楚さに少々欠ける風貌らしく、とくにそうやましいことをしているわけでもないのに中学の頃から「遊んでそうな女」ランキングで上位をキープしてきた。実に不名誉だが、まあそんなキャラ付けも笑えるネタなら良いかとやってきた。

        気が付けば22歳。そのキャラが災いし、私は乙女のままだった。純潔の乙女、ああ、これだけ言えば少し清楚かも、もしくはちょっぴり痛い人かも。それはどうでもいい、わかりづらいならハッキリ言おう。ぶっちゃけ処女なのである。

        遊んでそう遊んでそうと言われ続けること6、7年。シモネタは嫌いじゃないし、エロ本やらエロビデオが嫌いなわけでもない。
        どちらかといえば笑える程度ならシモネタは好ましいというか、むしろ大好きだし、興味でエロビデオなんていうのも友達とよく見たりもした。だけれども小学校の時から私の周りはつねに女子だけなのだ。

        男子との接点ゼロ。

        自慢ではないが私のうちはお金持ちだ。そして私は小学校の頃から家に帰るとわりときちんと予習復習をしてきたせいか成績も上から数えたほうがだいぶ早い。自分という存在にある程度の自信を持っている。それゆえに塾に行く必要もなく、バイトはしなくても両親からの仕送りだけで何も問題なく暮らしていける。

        キャラ付けが派手なのと反比例して地味な生活をしている派手な性格な女なわけだ。

        しかし、周りの友達は、中、高校の時塾で、バイトで、あるいは合コンで、ちゃっかりしっかり彼氏を作り、ガッチリバッチリ脱処女を遂げているのだ。
        こともあろうことに、彼女らは18,19の時ぐらいに私に向かって「ちょっと遅めだけど20前で大人になれたよ」なんて恥ずかしそうに言うのだ。

        私は性格上、自分のことは語らず「そうなん?どうだった?痛かったべ?」なんて、その後、やけにありあまるシモネタを返したあげく、

        「香奈子みたくまだそんな凄いことはしてないよ」と顔を赤らめてシャットダウンされる始末。

        あんたらの方が私に事を言わせぬ先制パンチをくれてるんだっ と叫びたい。
        派手な顔にキャラで「絶対に遊んでる」と思われた手前、今更「私実はまだヤったことないんですぅ☆」とも言えず。言って引かれたらどうしようと思う反面、日々耳にするあっちこっちでのろけ話に対して知識だけのシモネタを叩き返すには少々辛すぎるようになってきたたある日、私は小学校の頃からの親友、恵里にとうとう自分が初体験がまだであることを今日、とうとう告げたのだ。
        最近見つけたショットバーでジンライムをイッキに飲み干した勢いで思い切って言った私に対して親友は笑いながらこう言った。

        「またまたー」

        しかも最初にコイツふきやがった。ぶーって!

        こんなに真剣に、しかも勇気をふりしぼった私に対してその反応かっ!
        私の怒りは頂点を極めた、そして思わずこういった。

        「だよねーあはははははは」

        「この前もカッコイイ子と街歩いてたじゃーん」

        「見られてたかー、こりゃ言い訳できねぇなぁ、あはははは」

        ありゃイトコだ。しかもヤツは三人掛け持ち彼女持ちだ
        誰か!誰か泣いている私の背中を見てくれ!出来ればいい男が後ろからその背中を抱きしめてくれ!もうそれなら初対面だろうがなんだろうがホテルでもなんでも行ってやる!

        どんだけ病んでるんだ私は。

        出会いのためにバイトを始めるというのもなんだがこのさい社会勉強の一環も兼ねてバイトを初めても良い。それともサチに、あくまで交友関係の広がりを求めて合コンを組んで貰っても良い、言い訳は色々強引に付けるとしてもとにかくとりあえず男と出会いたいっ コレだ。

        最終電車の途中で電車を降りて恵里と別れる。酒は弱い方ではないが今日は勢い良く飲み過ぎた、かなりキている。飲み会があればいつも介抱役に回っていて気が張ってなかなか酔わないものの、一部を除いては一番気の許せる恵里と飲んだだけあって酒がかつて無いほど回っている。足下が軽くふらつくは恵里と別れて気が抜けたその瞬間からだいぶ気分も悪い。
        これは無理だ、女として、乙女としてあるまじき行為だが、もう無理・・・
        その時視界に入ったのは帰宅途中にいつも通る橋車通りもろくにないクセにやけに広い車線に疑問を抱くが今はそれどころではない。私は、私は、

        橋げたの下の川に住んでいるお魚達によく噛み砕いたエサを与えたい。う・・うぇ、お、お・・(中略)

        橋を越えたところにある自販機で水を買い口をゆすいでぺっと川に二・三出す。やけに疲労感にさいなまれて家に戻ろうと数歩あるいて水を買った自販機にもたれかかりズルズルと座り込んでしまった。

        こんなひとり切なく魚にエサを半ば口移しで行うような女に彼氏なんて出来るものかと切なくなる。見上げた東京のはじっこの空はわりと星が綺麗に見えていた。昨日までの雨がウソのように今日は良く晴れていた。三日雨続きだったせいかまだ水たまりはところどころに残っているが今、私がぺたんと尻をついているところはすっかり乾いている。

        ふと高校の時の体験学習を思い出す。自然を肌で感じようと学校側の企画にブーたれながら言ったモノの、山の上から見る澄み切った空気に咲く星はまるで海。こんなにも星があったのかと怖いぐらい綺麗なその光景に私は鳥肌がたったものだ。

        それと比べれば大した星空ではないけれども、東京で星が見えると何故かほっとする。深く吐いた息が白い。そろそろ12月。22年、もういい加減寂しさにも慣れそうな季節がやってきたものだ。

        物思いにふけながら夜空を眺めていると、一瞬視界の右隅で少し強く光ったと思った星が左に流れていった。流れ星だ!

        「男、男、男!」

        我ながら駄目過ぎる、駄目すぎるけどもはや神だろうが悪魔だろうが祈ってやる。
        刹那目の前にヘッドライトが横切り、水しぶきが上がった。横切った車が水たまりを跳ね上げたのだ、座り込んでいる私はよけるすべもなく頭から泥水を被る。

        ・・・・死のう。

        絶望的な気分だ。吐いたとはいえまだ酔いは残っている。今ならくたばっても痛かったり苦しかったりはそんなにはすまい。もういい、川から落ちて死のう。
        ヨレヨレとまた橋まで歩きヒールを脱いで川の下を眺める。寒そうなのはいいがそれよりなによりどうせ飛び込むぐらいならここで撒き餌をすることもなかったなと嫌な後悔する。
        まあいい。死んでしまえば綺麗だろうが汚かろうが関係ない。ものは試しだ死んでみよう。何か違う気がするけどヤケであった。

        「やめろーー!!!」

        え?

        背後から凄い勢いで走ってくる片足を手すりの上に乗っけた私の横を飛び越えて川に落ちていく誰か・・・おーい?

        片足を下ろした変わりに身を乗り出して下を覗き込む、声の調子から男性だということはわかった人影が川から顔を出したり引っ込めたりするのがかろうじて見える。えーと、えーと。

        「タスケテー」

        大変だーーーー!!!

        慌てて横の石段から土手を下り都合良く落ちてたロープを川に投げ込み引き上げる。なんだかしらないが人間必死になると普段よりだいぶ力が出るようだ。

        ぜぃぜぃと荒い息をする彼。だが二・三度咳き込んだあと「あーあー」と発声練習のようなことをする。私はどうしたらいいんだ。と見守っているとキッと凛とした視線で正面からいきなり見据えられた。

        「駄目じゃないか!命を粗末にしちゃあ!」

        飛び込んだのは貴女で私は未遂!?というか熱いっ

        「あ、えと、ごめんなさい、えと、止めようとしてくれたんですか?」

        実際にびっくりし過ぎて死ぬ気はいっきにぶっとんだが。

        「当たり前だろう!目の前で死のうとしてる人間がいて見過ごせるわけがないだろう」

        熱い、どこまでも熱いがとにかく川に飛び込むほど見たこともない私を助けようとするなんてなんて善人だ。そんな善人にはせめて貴方の飛び込んだ川は私のゲロまみれでしたよとか真実を伝えることをやめよう。
        よく見ると結構男前、ずぶ濡れなのもそれなりセクシー、ああ、だけど私だけの真実ビジョンではゲロまみれ。ごめんなさいごめんなさい。

        「すいません、あの、良かったらうちでお風呂入りませんか。すぐソコなんですけど。差し支えなければ今の服を洗濯させてもらって泊まっていってもらいたいんですけど」

        どこまでも罪悪感から来るせめてもの償いだ。もはや男がどうとかはすっとんでいる。

        しかし、それまで険しかった彼の顔が一瞬で緩む。

        「え・・・いいのかい?それは助かるけど・・・あの。女の子のひとり暮らしとかだよね?」

        「まあ・・そうですけど。」

        「会ったばっかりのヒトとか泊めたりしたら、やっぱり危ないし」

        「危ないヒトなんですか?」

        「いや、決してそんなことは・・・」

        話を聞いてみるとどうやら彼は終電を逃してぷらぷらしていたところ、ちょうど私が飛び込みそうなのを見つけたらしい。その前から見られていなかったことが何よりも救いだ。そんなわけで泊まる宿がなく困っていたところへ申し出だったらしい。そんなことになって私は今部屋にいる。彼はというと・・・

        コンビニで待っている。

        ホントならすぐにでもお風呂に入れてあげたいんですけどね、でもね、でもね、女のひとり暮らしはわりと、ホラ、自堕落になることも多いじゃないですか。

        そんなわけでプチ掃除をしないといけないわけなんですよ。そしたら10分ぐらい待って貰わなきゃいけないでしょ?そんなわけで脱ぎ捨てた服達をクローゼットに可能な限り早く綺麗目に、例え世の常識で綺麗でないと言われても私は綺麗と言い張るぐらいでつっこみ、フローリングの床にざっと掃除機をかける。エアコンを強にして。ふと自分のそういう姿に気付く。

        ああ、彼氏とかを連れてくるときはこういう事をみんなしているのだろうな。
        やけに新鮮な思いにとらわれる。

        いそがなきゃ。スニーカーを履いてコンビニに走る。あんな格好でいつまでも待たせるわけにもいかない。徒歩3分のコンビニに息がきれるぐらい頑張って走り店内に入ると、そこには凄い彼がいた。

        ずぶ濡れのまんま他の客や店員の視線も意に介せずジャ○プ立ち読みしちょるっ。漢(おとこ)だっ!
        やばい、ズキューン来た。ときめきっていうか笑いのツボ。ウケル。ああ、いけない命の恩人なのに。
        私は少しうつむいて。というか笑いを堪えて彼に近づき声をかける。

        「遅くなってゴメン、準備出来たよ」

        彼は意外にも嬉しそうに私のほうを振り向いて微笑んだ。やばい、顔だけ見たらイケ面だ。イケ面の変人だ。これはひょっとしたらひょっとするかもしれない。そういえば死を決意した直前に流れ星に願い事を目を血走らせながらしたんだっけか。もしかしてお星様がくれた運命の王子様!?なんて乙女な私☆

        キャラがおかしい。

        彼はバスタイム、よく考えたら私も酒のニオイをぷんぷんさせているとはいえドブ川に落ちた(半ば落とした)人を優先は人としてさせるべきだと思う。それにしても今更ながら緊張する。1LDKで部屋からはどうやっても風呂場は見えないが覗こうと思えば覗けるところに、初、男の裸体がそこにある。しかもイケ面。
        ヤッたことはなくとも知識は豊富。どこまでも痛い臭全開ではあるものの妄想は果てしなく膨らみ続ける。
        今夜こそ脱処女かっ!?脱彼氏いない歴人生なのかっ!?

        ひとりで大興奮しているとシャワーの音が止む。どうしよう、脱いで待ってようかしら、でもまだ私シャワー入ってないしって、ああ、でも今日の下着の色彼の好みと合わなかったらって先走りすぎだ私。
        自分にツッコミながら待っていると上半身裸(ら)の私のジャージのズボンがつんつるてんになってはいている彼が現れた。キャー!微妙。

        「川に落ちて汚いのに風呂借りちゃってごめんね」

        「やあ、いいんですよ。私が落としちゃったようなものだし」

        「確かに」

        そんなことないですよ、ぐらいの優しさは欲しいよキミ。いいんだ。現実なんてそんなものだ。

        「じゃあ私もシャワー浴びるね」

        とぼとぼと立ち上がって歩こうとすると「あのさ」と声をかけられた振り向くと「ああ」と漏らし、彼は続けてこういった。

        「暗がりで良くわからなかったけど明るいところで見るとやっぱり綺麗だね」

        イケる!

        私は「ありがとう☆」なんて照れた風を装いながら心の中でガッツポーズ、むしろ祭りを開催した。ワショーイ。
        入念に体を洗う。は、そういえばカカトの角質もだいぶたまっていたようなっ、軽石で処理しなくては・・・あ、ココの無駄毛が処理してないっ、寒くなると油断しがちなんだよねぇ・・・
        風呂をあがり体の水分をがっちりふき取る、そのかわりに化粧水と乳液で肌の張りを整える。なるべくナチュラルに見えるようにメイクを無難にこなし。鏡の前の自分と向かい合い・・・

        「キマッた・・・」

        時としてナルシストになることも必要だ。しかし今回のメイクは気合いのノリが違う。ナチュラル、なおかつ隙のないお肌を演出。完璧だ。

        昨日まで一生つける機会がないんじゃないかと思っていた勝負下着にを身につけて、がっついてるように見えないように、ちょっと地味目のジャージを着て。
        イナカのお父さん、お母さん。今夜・・・香奈子は、・・・香奈子は・・・抱かれますっ!!!

        ドアの向こうから聞こえるテレビの音。行きずりとはいえイケ面。ひょっとしたらこれから交友関係もぐっと深まる、かもしれない。そのためにはまず一発っ、間違ってるとか、言われなくてもわかってる。でも私はヤるの。もうヤる気まんまんなのっ
        深呼吸を一度して、違和感のないようにあくまで冷静を装ってドアを開く。

        「おまたせー」

        「ぐー」

        「もう、寝たふりなんかしても駄目だぞ☆」

        「ぐー」

        「もー☆先に寝ちゃったの?せっかちさん♪」

        「ぐー」

        「今日は勝負下着なんだぞ☆ホーラ☆」

        「ぐー」

        オウチカエル

        飲み会のあと終電逃したらそりゃ眠くもなるわな。行水までして疲れただろうし。ああ、それにしても聞いた話によると二個上らしいのに、なんて可愛い寝顔。襲っても良いものか。これは、据え膳かっ 据え膳食わぬは男の恥!いただきますっていいのかっ

        ってあたい女だーーーー

        しまった盲点。
        そんなボケを一晩中やってるわけにもいかない。ひとのベッドで実に気持ちよさそうに寝息をたてる、むしろいびきをかく彼。
        てか布団を全部下に敷いて寝る彼。
        私の布団がない。いいし、私強い子だから耐えるし。
        しかし、その直後私の脳裏に稲妻が落ちるごとくアイデアが閃く。
        おもむろに私はジャージを脱ぎ捨て、そしてブラまで外す、そして、彼の入っている布団に強引に入り込み。朝を待つっ

        「はっ!?ここはどこだ?俺はなんでこんなところに・・・き、キミは!?」

        「え!?昨日あんなに激しい夜を過ごしたのに何も覚えていないって言うの!?」

        「や。お、俺も酔っていたし、いまいち記憶が曖昧で・・・」

        「酷い!綺麗っていいたのに、誰でも良かったのね!」

        「いや、そ、そういうわけでは・・・」

        「いいの」

        「え。」

        「覚えてないならいいの、だから」

        「・・・だから?」

        「もう一回・・・しよ?」

        −妄想終了−
        ・・・・・・コレだーーー!!!
        もうお姉さん鼻血が出そうだ。真横で寝息をたてる彼の横顔にヨダレがたれんばかりの笑顔で眺め布団に潜り込む。勝負は朝だ。よーし、そうとわかったらさっそく寝よう。寝よ・・・寝・・・

        寝られない。凄いドキドキしちゃってるんですけど。
        1.ときめき
        2.乙女
        3.大興奮(鼻血もの)

        3でファイナルアンサー。

        正解。

        なかなか寝付けないまま、明日の妄想をかきたててはこだわって買った少し広めのベッドの中で小さく身を揺らしたりする。
        作戦に抜かりはない、香奈子ファイト!

        ・・・・

        私はコップいっぱいの水を飲み干した。台所の曇り窓から零れてくる朝日が眩しい。朝日と言うよりはもう昼の光なのだろう。そういえば起きてからまだ時計を見ていない。
        私は今、下着一枚だけで何も身につけていない。後ろの部屋からは何か言っている男の声が聞こえる。コップを置いて私は大きく息を吐く。

        終わった。

        作戦だけ。
        目が覚めたらすでに部屋には誰もいなかった。残し書きのメモにはこう書いてあった

        『一晩泊めてくれてありがとう。洗濯してくれた服まだ乾いてなかったけど着て帰ります。あと、そろそろ冬場になるので裸で寝ないほうが良いと思いますよ。それではまた縁があったらどこかで』

        起こせよ。

        そういえば昔から一度寝たら起きなくて有名な私であった。そもそも朝が勝負なんていう作戦からして無謀であったのだ。ひょっとしたら彼は起こしたかもしれない、起きないのをいいことに私を私を、キャ☆
        ありえない。痛くもなんともないし。
        延々と通販商品の説明をしている暑苦しい男の顔の映るテレビを消して、携帯に手を伸ばした。

        「もしもし、サチ?わったっしー。今度さ、合コンセッティングしてよ。本気本気、ばっかー彼氏なんていないってー、そろそろクリスマスだしさ。うん、でね・・」

        運命の王子様なんてそうそう降ってこないようだ。

        It continues to next time......

        天寺英太郎 * 短編テキスト * 05:29 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

        優しくなりたい

        0

          「貴女はひどい人だマドモアゼル!」

          なんてことーーーーーーー!!!!!

          わたくしはひどくショックをうけた。まさか親愛なるムッシュに罵られるなんて思いもよらぬこと!
          そんなわけで私は裸足になって泣きながらムッシュの前から逃げたのであった。

          「マダーーーム!」

          勢いよくマダムの部屋のドアを叩き空けるとそこにはマダムがドアの開けっぷりに負けないくらい鼻血を噴いて倒れていた。

          「キャー!マダム!どうなさいましたの!?セバスチャン!セバスチャン!マダムが大変ですわ!」
          「おまちなさい、マドモアゼル」

          呼ばれて振り向いてみたならば、まるでテーヌ川の流れのごとく優雅に鼻血を流したマダムが蒼白の面持ちにで仁王立ちなさっていた。

          「まあ!マダム!そんなに青くなられて!」

          「ふふふ、セバスチャンなんて呼ばなくても大丈夫よマドモアゼル。齢68年、16、7の小娘にドアを叩きつけられたぐらいなんてことなくてよ、救急車を呼んで」

          「大事だかなんだかわかりませんわ、マダム」

          「ふふ、冗談よマドモアゼル。それよりどうしたのかしら?」

          そう言い、さながらマリーアントワネットのカールの様にしてティッシュを鼻にねじ込む姿もまた高貴なマダム。恐ろしい方!

          「わたくし・・・わたくし、ムッシュに酷いと罵られましたの!」

          「まあ、いったいムッシュにいったい何をなさったの?」

          問われ、わたくしはあさましい過去を振り返り天を仰ぐ。

          「あれは小鳥達も歌う小春日和の午後でしたわ。」

          「要するについさっきですのね」

          「わたくし、ムッシュといつもの様に温泉ピンポンをたしなんでおりましたの」

          「多摩温泉ランドに行きましたのね」

          「そこでムッシュがなにか召し上がりたいとおっしゃったので、わたくし、危険を察知して持参したポテロングをラッパ食いいたしましたの」

          「まあ、ムッシュに分けて差し上げませんでしたの?」

          「私のですもの!」

          わたくしが泣き崩れるとマダムは容赦ない言葉を投げかけた。

          「マドモアゼル、貴女には優しさが足りませんわ」

          なんですってーーーーーーー!

          わたくし、齢16年。サバを読んで22年生きてきた生涯で初めて投げかけられた言葉でございました。優しさが足りない、優しさが足りない、優しさが足りない!

          「わたくし優しくなりたいですわ!マダーーム!」

          「ナイアガラも真っ青な泣きっぷりですのねマドモアゼル!良くってよ、わたくしは厳しくてよ!」

          こうして、優しくなるためのお稽古がはじまったのであった。

          後編に続く。




          −−−後編。(もともと二本立てだったのです)

          ひょんなことからはじめることになった優しくなるためのお稽古。

          そのご指導をなさるマダムは容赦なく厳しいお方。それでもわたくし、ムッシュに一矢報いるために、ひととして敬愛される優しさを持つために負けませんわ!

          そんなわけで突然の事ながらわたくしは命の危機に瀕しております。

          「マドモアゼル!もう根を上げるつもりですの!?」

          「まだまだですわ!ばっちこーい!」

          「さっきから芋虫のようにシリ以外地面についていない場所のない体勢のままよく言いましたわ!それでは千本ノック600本から700本目スタートですわ!600!601!602!603!!!」

          正確無比極まりない極上のノックボールがピクリとも動くことのかなわないわたくしの脳天に五連打したところでわたくし、意識が完璧にお花畑にぶっとんでおりましたわ…

          「起きなさいマドモアゼル!」

          「ギャー」

          「ギャーとはなんですの、はしたない!」

          「でもマダム!普通起こすときはせいぜいバケツの水とかですわ!決してパワーシャベルで埋めるのとは違うと思いますの!むしろゴートゥーへブンイレブンいい気分ですの」

          「それだけ言えたら上等ですわ、立ちなさいマドモアゼル。肩慣らしはもう終わりですことよ」

          「!?今までの血の滲む様なお稽古は肩慣らしだったと言いますの!?」

          「当たり前ですわ!何を甘ったれたことをおっしゃっておりますの!千本ノックなんて序の口もいいところですわ!むしろあってもなくてもどうでもいいようなものでしてよ!」

          「じゃあなんでしましたの!?」

          「雰囲気よ!」


          恐ろしい人ーーーーーーー!


          わたくし、本当に恐ろしい方にご指導願ってしまった気がいたしますの。
          でも、わたくし負けない!だって、だってわたくし、優しくなるんですもの!

          「次120キロフルマラソンですわ」

          「待ってマダム!フルマラソンは42.195キロですわ!」

          「あらそうですの?わたくし運動のことはとんと疎くて」

          「だいたいなんのためにそんなことをしなければなりませんの?優しさにフルマラソンがなぜ必要ですの?」

          「…ばかー!」

          「ぁっ!」

          頬に熱い平手が刻み込まれる。あまりのことにわたくし思わず腰を抜かしてしまいましたの。

          「なにをなさいますのマダム」

          「…えーと」


          えーと!?


          「あれですわ、強靱な心、すなわち何事にも寛容でいられる心を得るためには、まず強靱な器、すなわち強い肉体を必要とするものですわ!おわかりになられて?」
          そ、そんな深い思惑があっただなんて、わたくし浅はかでしたわ、やはりこの方は凄い方ですのね…でもなにかしら、このとってつけたようなマダムの目の泳ぎ様は。

          「わかりましたわ、でもマダム、その前にその言葉にウソ偽りがないかわたくしの目をよく見ていただきたいの…」

          「………」

          「………」

          「マダム、なぜ目をそらしますの?」

          「………」

          「マダム?」

          「……………ばかーーー!」

          「ぁっ!」

          一度ならず二度にわたりわたくしの頬に熱い平手が刻み込まれました。これは…

          「これはいったいどういうことですの!?」

          「飴と鞭ですわ!」

          なんという発想の転換!わたくしごとき凡庸な者には及びもしなかった答え!

          「あ、飴は?飴はいただけませんの?」

          「わたくしが舐めてますわ」

          なんてことーーーーーーーーーー!

          大きい。このお方、大きすぎますわ…

          「マドモアゼル…」

          格の違いを見せつけられたわたくしの肩にそっと優しく触れるマダム。

          「はい…マダム…」

          顔をあげるとそこにはまるで100カラットのダイヤを燃やして消し炭にしたような優しい瞳で私を見下ろすマダムの顔がありました。

          「よくここまでがんばってついてきましたわね、わたくし正直感動していますわ。」

          「でもマダム。わたくし、まだやってもやらなくてもいい千本ノックを受けて二度ビンタを張られただけですわ」

          「それだけやればわたくしも満足しましたわ。いい加減優しくなるためのお稽古をいたしましょう」

          「いままでのは何でしたの!?」

          「ここにサンショウウオがいますわ」

          この方さっぱり聞いてませんわ!とにかくそうおっしゃいながらマダムはどこからともなく子サンショウウオを抱き上げてわたくしに見せてくださった。

          「このサンショウウオを…」

          何か言いかけた矢先、マダムの指を子サンショウウオがおかきになられてマダムがお黙りになる。

          「………」

          そして無言のままどぶ川に子サンショウウオを放り投げるマダム!なんてことーーーー!
          わたくし、無類の両生類キチガイでして、サンショウウオがヌーと鳴けばいても立ってもいられずサンショウウオの舞とサンショウウオの歌をそのつど自作自演するほどのもの。
          その両生類好きのわたくしの目の前で両生類が投げ捨てられた、もうそうなったらわたくしの体は勝手にサンショウウオを追ってどぶ川にダイブするに決まってますわ!

          案の定わたくし、気が付けば何も考えないままに川に飛び込み子サンショウウオを抱き上げていましたわ。上の道路では涼しいげな顔でこちらを見ているマダム。わたくしは夢中で叫んでいた。

          「マダム!貴女は酷い方!こんな可愛い、こんなにも無抵抗なサンショウウオになぜこんなことが出来ますの!?なぜそんな顔で眺めていられますの!?貴女に、貴女に教わる優しさなんてありませんわ!」

          しかしマダムの表情は曇るどころか返って笑顔に変わる。いったいなにが愉快だといいますの?

          「そう。わたくしが教える優しさなんてありませんわ。今貴女はすでに優しさの中にいますのよ」

          こ、これが優しさ?ああ、なんてドブ臭い!

          「臭いの話しではありませんわ」

          「エスパー!?」

          「どこのサンショウウオだかもわからないような、そんな両生類をとっさに命がけで助けてしまうような、そんな無意識な中に優しさというのもはあって、決して意識して出すものでも「コレ」といって定義付けるものでもない。
          ただ、貴女の救ったその命への優しさ。それだけは目に見える真実。貴女は優しい人ですね。マドモアゼル。ごめんなさいね。色々とつらくあたって…」

          「マダム…」

          わたくし、涙がとまりませんでしたの。


          翌朝。

          「セバスチャン!セバスチャン!」

          「どうなさいましたマドモアゼル」

          「昨日マダムにいただいたランスロッドがいませんの。ご存じなさいません?」

          「はて、ランスロッド…?」

          「サンショウウオの」

          「ああ、ああ、アレなら今朝奥方様がドブ川に流しておりましたが」

          ………

          「ムーーーッシュ!マダムが、マダムが酷い方ですの!」

          ホームランでも打ったかのような手応えを感じながら扉を叩き開けるとそこにはムッシュがそそり立つエッフェル塔の様に壁に刺さっていた。


          大変ですわーーーーーー!


          次回。ムッシュ横犬神家殺人事件。犯人はわたくし。お楽しみにね☆(嘘)

          THE END

          天寺英太郎 * 短編テキスト * 05:30 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

          傷だらけの男達

          0

            『車内で不審なものがございましたら駅員にお知らせくださいませぇ』

            よく電車で聞かれる車内放送である。

            いつもなら、聞き流すだけのこの放送。

            本来なら、この夕日で真っ赤に染まる人の少ない車内の色合いなどを柄にもなく堪能しているところなのだが、今日はそういうわけにもいかず僕は迷っていた。

            なにしろこの車両には僕ともうひとりしか乗車している者はおらず、なぜかそのもうひとりはこのガラガラの車内の中で立っていて、なにより、そう、





            羽が生えていた。





            それを除けば40台も後半の脂もノリノリでテカテカなスーツ姿の至極一般的なサラリーマンである。

            なんだコレは。

            しばらく悩みながら眺めていると夕日を眺めたその瞳から涙がこぼれる。

            泣いている。

            いい年の大人が羽を生やしたあげく泣いている。

            僕が困惑しながら凝視していたその時、不意にこちらを向いた羽付きサラリーマンと目があった。

            シマッタ。

            あわてて視線をそらす。と同時に羽ばたいたのかワサッという音とともに頬に風があたる。

            見たい。が、今は見てはいけないと本能が絶叫をあげる。

            しかし、そんな本能的なアラームも虚しく真下を向いた僕の視界の中に革靴が入っていた。

            顔をあげるともう涙はぬぐったのか涙こそ流してはいないが陰鬱そうな表情を無理矢理笑顔でつくろっているおっさんと再び目があった。

            どうする。どうしたらいい?

            数秒の間。どうして良いかわからず黙ってただ見つめ合っていると、羽付きサラリーマンは口を開いた。

            「おじさんなぁ…実は、天使なんだ。」

            「……はぁ」

            思わずだった。思わず気のない返事をしてしまった。

            おっさんはズドーンという音と共に両膝を落とし号泣した。

            「そうだよね!フツーそんなこと急に言われたら困るよね。疑うよね。生まれてごめんね!飛ぶよ、窓開けて飛ぶよ!落ちるけどね!」

            「いやいやいやいや!落ち着いて!信じる!信じるから落ち着いて!」

            「なんだよ!本当は単に目の前でいきなり死なれたら困るからとりあえず言ってるだけだろう!?」

            「そんなフシもあるけどまあ落ち着けよ!」

            「なんて正直な方なんだ!その心意気に免じて死んでやる!」

            「落ちつけって言ってるだろーーー!!」

            ボゴーン

            は!ついエキサイトして殴ってしまった。天使っぽいのを。

            「す、すいません!つい!」

            「いいんですよ…私、本当は叱って欲しかったの」

            今度は乙女の瞳で上目遣いをするおっさんに全身の毛穴が開く、

            ガスッ

            「あ。」

            のとほぼ同時にほとんど条件反射で蹴っていた。

            「冗談じゃないですか。気が短いひとはやだなぁ…」

            なにをふてくされているんだこのひとは。

            「まあ、なにがあったかおにーさんに言ってみなさいよ。」

            そう言ってみると、ちょっとした間が空き下唇を出して「ぅっ」と小さい声をもらすおっさん。

            「実は…息子にクリスマスプレゼントでたまごっちをせがまれてね。今時もなくって、散々探してやっと見つけたのがコレだったんですよ…」

            そう言って彼がポケットから出したのは…

            「ギャオッピか…」

            「はぃぃ、似てるからいいだろうって息子に渡したら、叩き返されて、「ちげーよ」って、「死ね!」って…ぅぅぅ」

            「そうかぁ、それは辛かったねぇ。息子さんは何歳だい。」

            「24」

            「そ、そうかぁ、それは辛かったねぇ…」

            「えぐ…そうなん…えぐ…だから、もう死んでやるっ!って…えぐ、天国から飛び降りたんですけどぉ…えぐ」

            「ついつい羽ばたいちゃったんだ」

            「うん、飛んじゃって…ひっぐひっぐ」

            「んで山手線乗っちゃったんだ」

            「ぅぅ…もう駒込駅通過するの四周目なんです」

            「でもなぁ、おっさん」

            「?」

            「僕は、今日彼女にふられたよ…」

            「そんな中、こんな傷だらけのエンジェルに捕まったんだね」

            「それはこの際どうでもいいんだけど、ふられた理由がさ…」

            「うん」

            「ハゲ、バレちゃってさ…」

            そういって僕は22万のカツラをするりと外してみせた。

            「・・・」

            「分割ローンで12回払い終わったばっかりなのにさ…」

            長い沈黙。

            「失礼ですが、おいくつですか」

            「23です」

            「・・・・・」

            「・・・・・」

            沈黙のまま立ち上がったおっさんはその背中の羽を見せつけるように僕に背を向け、

            「ええい!」

            自身も被っていたカツラを床に叩きつけた。瞬間隣の車両から通過しようと入って来て帰っていった人がいたが見てないフリ。

            「あ、あんた…」

            「ふ、お互い…キてますな」

            ビックスマイルである。僕らは固く固く握手を交わし。数秒の時が流れると車内アナウンスが流れた。

            『まもなくー西日暮里ー西日暮里ー』

            名も知らぬ天使が固く握った手を緩める。

            「ふふ、貴方のおかげで、なんだか、生きる希望が湧いてきた気がしますよ」

            「それは良かった」

            「帰ったら。息子にガツーンと言ってやりますよ」

            「ほほう。なんて?」

            「ギャオッピで許してください、ってね!」

            そう言って爽やかな表情で外を眺める天使はどこかひと皮剥けた様な風格があった。実際頭皮はある意味ひと皮剥けたがまあそれはこの際どうでもいいいことである。

            「あ」

            そう言って彼の手からギャオッピが落ちる。

            『西日暮里ー西日暮里ー』

            拾い上げて渡そうと顔をあげると、すでにそこにはおっさんの姿はなく、外から肌寒い空気と見知らぬ人々が流れ込んでいた。

            慌てて外を見ても天使の姿はなく。視線を車内に戻して僕は途方に暮れた。

            右手にギャオッピ、左手にカツラ、心にピストル、足下に羽というか翼そのもの。

            途方に暮れたのは僕だけではなく、西日暮里から乗り込んだ人達も同様で、ただ車内には途方に暮れた空気で埋め尽くされ、僕は、とりあえずカツラを被りなおした。

            The End

            天寺英太郎 * 短編テキスト * 05:38 * comments(0) * trackbacks(0) * - -
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